ベーブ・ルース
ミッキー・マントル
指標別に見る
バーはこのリストの首位を基準にした相対値です。
結論
ベーブ・ルースが3指標中3で優位。 当サイトの歴代ランキングではベーブ・ルースが1位、ミッキー・マントルが11位です。
対決FAQ
共有指標ではどちらが勝ちますか?
公開ランクの差は?
ライブ統計ですか?
ベーブ・ルースの主張
ルースと同時代の選手たちとの差は、団体競技のアスリートが開いた差としては今なお最大級である。通算182.6のWARは全選手中トップであり、その内容も常軌を逸している。専任打者になる前、投手として94勝46敗、防御率2.28を記録し、1916年にはア・リーグ最優秀の防御率1.75をマークし、ワールドシリーズで約30イニング連続無失点を記録した。その後、彼は現代的な攻撃野球そのものを発明した。1920年の54本塁打はアメリカン・リーグの他球団すべての合計を上回り、1927年の60本もまた同様にリーグの他球団を上回った。通算打率.342、出塁率.474、そして今も歴代最高記録であるOPS1.164は、他のどの通算記録も並んだことのない長打率.690を伴っていた。彼が人種隔離された人材プールと対戦していたことは議論上考慮すべき点だが、環境に対する相対的な支配力こそが最も公平な時代横断比較であり、その基準で見ればルースに並ぶ者はいない。
ミッキー・マントルの主張
1950年代最高のピークを持ち、史上最高の両打ち打者。マントルは1956年に三冠王(打率.353、52本塁打、130打点)を獲得し、MVPを3回、次点も3回記録し、通算OPS.977、536本塁打を残したが、そのすべてを1951年ワールドシリーズで痛めた右膝、トレーナールームでテープを剥がす音が聞こえるほどだったと言われる、を抱えたまま成し遂げた。負傷前の俊足伝説には、左打ちバントで本塁から一塁まで3.1秒という記録があり、そのパワーは1953年ワシントンでの一撃が565フィートと計測されたことから『テープメジャー・ショット』という言葉を生んだ。最初の14シーズンで12回ワールドシリーズに出場し7回優勝、通算18本のワールドシリーズ本塁打は今も記録として残る。ボロボロの脚で18シーズン積み上げた110.2のWARは、この競技最大の『もし』を残している。健康な状態のマントルであれば、このリストの2位、メイズの座を脅かしていたかもしれない。